大神島

先日、友人と5人で大神島をじっくりと見て歩きました。
大神島は、宮古島の北東約4kmに位置し、周囲約2km、標高74.8mで、島全体が円錐形です。 北から宮古島に向ってきた船舶が、どの島より真っ先に目にするのが大神島で、かつてはこの地域を航行する船の目標とされていた島です。

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大神島は、宮古の神々の祖が住むとも言われています。 集落以外の多くの場所は、聖域とされており、立ち入りが禁じられています。
秘祭とよばれる 「祖神祭(ウヤガンサイ)」 も、普段は交流のある、大神島のすぐ向かいにある宮古島の島尻地区の住民さえ、参加することが許されません。 また、海賊キッドの財宝が眠っているという伝説や、神々にかかわる幾つかの伝説や民話があります。

私たちは、島尻漁港から 「スマヌかりゆす」という名の船で大神島に向いました。 15分ほどの航海ですが、その途中数多くのサンゴ礁がありますので、周囲の海の色がとても美しく、何度見ても、感動的なシーンです。
大神島の港内の透明度も高く、海底に沈んでいるタイヤやロープなどもくっきりと見えます。

船から下りると、早速標高75mの島の頂上めざし登り始めました。 急な階段道なので、全員足の筋肉を引きつらせながら、汗だくで頂上にある遠見台(通称トゥンバラ)に到着しました。
遠見からは周囲360度が見渡せます。 大神島の周囲、フテ岩、宮古島、池間島と、それぞれ海の色相がことなり、個性的なグラデーションを見せてくれます。

「この素晴らしい風景は、なんと表現するのが一番ふさわしいのかな?」 と、皆に聞きましたが、おじさん、おばさんグループにはこの美しさをしっかり言い表す言葉がすぐにはみつかりません。 言葉を探すより早く、まずはこの美しさに出会った喜びを体で表現しようということになり、子どものように輪になって即興で踊りはじめました。 嬉しさを一番素直に表すことができたのかもしれません。

そうして遠見からの風景をしばらく楽しんだ後で、北東の海岸に行くことにしました。 大神島でも島の周囲の半分近くが、既にコンクリートで固められています。 歩くには便利といっても、なんとも味気ない光景です。 島の住民はお年寄りだけになったこの島に、このような開発はどのような意味があるのでしょうか?

この島の開発に関わる噂がいくつかあります。 そのひとつが、「一周道路を作ろうとすると、島の神様の怒りをかう」、というものです。 一周道路を作ろうとすると、必ず島の幾つかの聖域を通ることになり、その聖域に立ち入った工事関係者が、原因不明の病に倒れたり、事故が起きたために、工事を中断したということです。
真相はともかく、この島の海をこれ以上埋め立てる必要があるとは、到底思われません。

一周道路は、島の景観を壊すだけでなく、島の自然から海をコンクリートで遮断することで、海の幸であるさまざまな周辺の魚介類の生態系を変えてしまいます。
海の幸、島の自然の営みを妨げる開発には、神々も本当に怒っているように感じます。
北東部の海岸は未開発で、手付かずの自然が残っています。 私たちは、小さな洞窟や大きな岩、潮溜まりなどを散策しましたが、次の船が出発する時間までにはとても廻りきれず、多くの見るべきポイントを残したまま帰ることになりました。

大神島は、現在聖なる森に守られているように見えますが、小中学校の閉校もきまり、伝統行事を引き継ぐ者もいないようです。 人口も30人にも満たない、しかも高齢者ばかりが住むこの島の未来はどうなるのでしょうか?

島全体が大富豪の別荘になるとか、企業が別荘を作り島が切り売りされるなど、脳裏をかすめるのは、けして明るくない未来の大神島の姿です。
同じ宮古島でも、私は大神島で生まれてはいませんが、この島がいつまでも 「神秘の島」、 「神々の祖の島」 であって欲しいと切に願っています。

前回、見ることが出来なかった場所を訪れるために、また近いうちに大神島に行きます。

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宮古島をはじめ離島で暮らす人々の将来のために島を活性化し、島民が心豊かに暮らすことの出来る場所にするための活動モデルをプラットフォーム上で構築するのが、ゆうやなうれ宮古島プロジェクトです。

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